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日進月望

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とし@人生の旅人

Author:とし@人生の旅人
とし@人生の旅人です。
面白いなぁと思った情報のshareや、日々感じた・考えたことなどをつらつらと書き連ねる中で、色んな想いを共有していけたらなぁと思います。
あ、ワークショップや交流会も定期的にやってるので、こちらもよろしくです。



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感情

幼少期に感情表現を押さえ込むと、
成長後に思わぬ異常を発露する。

そんなfagebookでの投稿を読んだ5分後、
7情の欲をいかに抑えるか?という一説を本で読む。

どちらも真実でありながら、
どちらも心理でないんだよな、きっと。

こうした文字面でなく#b
その文脈を掘り下げて、読み解いていきたい今日この頃。

会社の飲み会とはいえ、
酔っている僕は、少なくともまだまだ修行途上

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しらたき

自分は、しらたきのような生き方をしてきている。

ふとそんな考えがしっくりきた。

一緒にいる人たちと、
まぁるく収まればいいや。
そのためには時に自分の意見を引っ込める。

意見を言わない分、
声に耳を傾けて必死に折衷案を探す。

じゃがいも・にんじん・玉ねぎ・豚肉...
肉じゃが!

と見えた瞬間に猛ダッシュで、しらたきとしてダイブしよう!
そうした瞬間の視界の端に、カレールーが過ぎった瞬間に、自分を引っ込める。


意見を出すということは、
混ぜ合わすべき具材が一つ増えるということ。

時間が足りないからと、
そうすべき場面も時にはあるかもしれないけれど、
常にそれが最善策ではない。

大切にすべき具材が一つ漏れてるのだもの。
そんな人がほかの具材を一つ一つ大切にというのは、少し違う気がする。

いっそ、しらたき入りのカレーは美味しいかもしれないし、
酢の物にしてらっきょうのように添えてもイイかもしれない。

棄てることが全てでない。

むしろそれは本当の折衷案を見つけにいかない逃げかもしれない。

そう気づかせてくれた、しらたき。
今日は新しいしらたきの食べ方を探してみようかな♪

ひとやすみひとやすみ

いろんなことを早くやることに価値を見いだしてきました。
とにかく先へ、効率的に!

pokemonGoも一週間で20レベルにあげてみたり、
ねこあつめも一週間でコンプしてみたりw

うーん...でも何だか違和感。


結局一気にやったことって、
一気に過ぎ去っていったりする。

ダイエットも一瞬でやせると、
一瞬でリバウンドをする。

勉強もそうじゃないかな?
あんなに必死で詰め込んだ受験勉強の中身は一瞬で忘れたのに、
加減乗除の四則演算は日本人はするするこなし、
お釣り計算もとっても速い!


一挙にガーッとやるんじゃなくて、
例え数分だけでも良いから継続すること。
形式的にいうなら習慣化するということ。

言うは易し、為すは難し
日々の振り返りを綴ることと、トイレ掃除から、
まずは始めていきます。
何日連続できるかな?

ことばとせかい

最近、そんな一人一人が紡ぐものにとっても興味を惹かれます。

同じようなことを言おうとしているのに、
口を開く人が変われば全く異なる言葉が出てくる。
同じことを体験したはずなのに、
まったく違った切り口で世界を切り出して味わっている。

何だかそんな感覚がとても楽しいなぁと再認識する今日この頃。
土砂降りの雨の中で乗った、バスでふと味わいなおしてみる。


傘も吹き飛びそうな荒々しい天気に、
すっかりテンションは萎えていましたが、
降りる寸前から勢いを増した豪雨にテンションがた落ち。

なのに、降りるときに運転手のお兄さんは、
降りる一歩前に傘を開いて降りてね。
とやさしい声をかけてくれた。

きっとこんな視界が悪い中での運転は骨が折れるし、
そうして傘をみんなが一歩早く開くことで、
塗れたフロアをお兄さんはまた車庫に戻って拭き掃除をするのだろう、きっと。


雨の日を憂鬱と感じてしまう多くの人の一方で、
あのお兄さんは強い使命感を抱いて、
仕事に臨んでいるのだろう。

ふと子供の頃を思い出してバスの運転手をあこがれる少年の気持ちで、
バスの運転手さんを格好いいと感じた。


さて、何だか心がほっこりした今日は、
もう少し読書して、著者の言葉の選び方を味わって夜を楽しんでみよう。

かいなし

らくだメソッドという、
教えない教育をコンセプトとする、
算数のプリント学習を日々行っています。

約分のプリントを最近は継続してやっているのですが、
早く解くことを最近は目標にしているなぁと感じる中で、
一つの気づき。

答えがでると強く信じて試行錯誤することの一方で、
答えがでないということも意識しないといけないのではないだろうか?

約分、同じプリントをやり続けていると、
100問もある問題の答えを覚えることはないにせよ、
何となく答えが浮かぶ感覚は築かれていきます。

すると、明らかな答えを見つけられていないのに、
何となくこれっぽいという数字を書いて次に進んでしまったりする。

仮説を元に進むことは大切だけど、
絶対に答えはでるんだからーという甘えた考えで、
ずんずんと先に進んでいくのはどうなんだろう?

高校の数学で"解無し"というのが立派な一つの解であること出会った衝撃と同様、
算数や日常における解無し、ももう少し重要視してみてもいいのではないかと思った。


ちょっと距離を置いてみたり、ねかせたりするというアプローチ
そういうことも大切じゃないかな?

ミラールーム

鏡の法則しかり、
周囲の人や環境は自分を映す鏡。

そんなことをいいますが、
ふっとそれが腑に落ちてきた体験。


電車の中で足を組む人、いますよね。
しかも私見によれば、足が短い方ほど足を組む。
結果長さが足りず、きれいにクロスせず、あら足の裏がこちらにむいている...

綺麗に組んでいただければまだいいものの、
こうして足を向けられるとイラッとします。

故に、逆にこちらも自分の足を組んでそちらに足を向けて知らせる。

すると8割方気付いて下げてくれるんだけど、
たとえ下げてくれても溜飲は下がらず...

時には相手の怒りに火をつけてしまうことさえあります。


今日も、また足裏くんがこんにちは、したのですが、
たまたま熱中して本を読んでいたし、もういいやー
無視していたら、
心の奥でイガイガしていた子が不思議とどこかへ消えていきました!

常にあったかくすべてを受け容れることは出来ずとも、
結局、感情や周りの環境は自分自身でつくっているのだ。
そう体感できて、ちっぽけながら、
確かに人間として成長した気がしたできごと。

ゆっくりでも良いから、
反応する暇があったら、二呼吸自分の中の変化を見つめてみよう。
それで決して遅いと言うことはないんだから